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まるごとつながる!熱中ラジオ in 日高村

RKC高知放送 アナウンサー
井上 琢己先生

会場にジングル(ラジオ番組でCMの開始や終了などの番組の節目で聞く、オリジナルの短いフレーズや音楽)が流れ、驚いた。日高村ならではのゲストを迎えてお送りする、前代未聞の「ラジオ」な熱中塾。耳が離せません・・!

目次

1人目のゲスト:本場ロス仕込み!MASACASAタコス都筑正寛さん (日高村地域おこし協力隊)

左:井上琢己アナウンサー / 右:都筑正寛さん(日高村地域おこし協力隊)

神奈川県横浜市生まれ、ロサンゼルスで20年生活した都筑さん。なぜ高知に?

ロスでレコーディングエンジニアやステージマネージャーなど、音楽関係の仕事をしていた。ロスはメキシコ人も多く住んでいて、タコス天国。仕事おわりに、タコスを食べに行くのがお決まりのコース。日本でいうとラーメンみたいな存在。

日本に帰ると決めた時、「音楽」と「タコス」を伝えたいと思った。まずは、横浜の実家の近くでタコスの材料であるハラペーニョを探しんだけど、高くて。自分で作れる土地はないか?と、日本を旅していた時、友人から高知に誘われて、日曜市へ。生産者の元気さや、野菜のおいしさ。おまけもすごくて(笑)、その温かさに、感動した。友人が知り合いの生産者や音楽好きの人を紹介してくれて、そこからまたどんどん紹介で人がつながって、高知おもしろいなと思ったのがきっかけ。

いま、最初に感銘を受けた日曜市に出店できているのはすごく嬉しい。お子さんも多く、記憶として覚えてくれていたらいいなと思う。MASACASAのCASAは「家」という意味で、第三の家のような場所になりたいという想いを込めて付けた。他に基盤はあるけれど、何かあったときには、雨宿りできるような場所。

タコスと高知、つながりは?

都筑さんのキッチンカー「マサカサタコス」
都筑さん特製のタコス

※写真上 とまとと「協力隊の今を伝える!【第2回目】ロスから移住した都筑 正寛さん」(2020.10.19)より引用

※写真下 高知新聞Plus「高知県産食材のタコス販売 日高村の協力隊員・都筑さん(2020.09.07)」より引用

タコスの生地はとうもろこしで、高知でつながった。たまたま牧野植物園にいったときに、「キビと高知の暮らし」の展覧会をしていて、トルティーヤ、作れるじゃん!と。メキシコにも在来のとうもろこしがあるように、高知にも地キビ(在来のとうもろこし)の文化があったと知った。地キビで作る、自然なタコスが良い。

そして、人。ハラペーニョを作りたいと思ったときに、知り合った方が、「高知に来たら、作ってあげるよ」と言ってくれて、感動した。それもあって高知へ。

あとは、肉。京町で、音楽とメキシコの食やアクセサリーを扱うチャレンジショップやりながら、最初に知り合った方の肉専門のレストランでバイトを。その時、タコスやってみる?と言ってくれて。月1回ほどやり始め、生産者の方を紹介してもらい、つながっていった。

なぜ日高村へ?

都築さんの働いているむらの駅日高のカフェ

竹林寺でロスの知り合いを呼んで、音楽のイベントやったとき、日高村のレコードコレクターの方が来てくれて。日高酒蔵ホールを教えてくれた。昔ながらの建物なのに、音響が良く、感動した。ここでイベントをやることで、日高村に外の音楽を入れられたら、おもしろいなと。イベントでロスのアーティストを呼んだら、すごく喜んでくれたので、活用すべく進めていたが、コロナで今は難しい。海外の人にとっては、日本の文化を感じられる魅力的な場所なのは間違いない。どう残せるかを考えている。

都筑さん流「まるごとつながる」

高知の人は、つなげ方がうまい。相手が何を持っているか見極めて、人を紹介してくれた。自分がやっていることは、ニッチで独特だったので、自分が持っているものを見せると、良い人をつなげてくれた。

自分が本当に好きなものは、仕事やプライベート、年齢も関係ない。それを出した時につながった人とは、強くなる。集まってコミュニティを創れる場所を、いつか設けたい。全部自分でやろうとせず、みんなが良い駒となって、点が線になって、動いていければいいなと思う。

2人目のゲスト:クラフトビール立ち上げへ!髙羽 開さん(日高村地域おこし協力隊)

左:井上琢己アナウンサー /右:髙羽 開さん(日高村地域おこし協力隊)

岡山県倉敷市出身、大企業もベンチャーも経験した髙羽さん、なぜクラフトビール?

高羽さんが修行した仁淀川町「BLUE BREW」

大企業を辞めたのは、若くても裁量の大きな仕事がしたいと思ったから。東京の他の会社に就職した友人は、1年で様々なことを経験している一方、自分の仕事は、自分じゃなくてもできるなと。それで地元のベンチャー企業へ転職し、岡山の商材でお土産品を作る商品開発の仕事へ。生産者の方と触れ合う中で、自分でものづくりをしてみたいと思っていた矢先、コロナがきて、世の中のルールが変わっていくのを感じ、良いきっかけだと思った。

自分にとって、つじつまが合うものは?と考えたら、ビールだった。単純に、ビールがめっちゃ好き。ビールで得られたつながりも好き。自分に良い影響を与えてくれたのが、ビールだったから。また、前職時代に接していた生産者のライフスタイルが、素敵だなと。暮らしと仕事が密着している生産者の生き方が楽しそうで、そちらに行きたいと思った。

なぜ日高村へ?

いざ会社を辞めて、ビールを作る勉強はどこでするのが良いか、誰に教えてもらうか、どういった環境で働くか、成長するために必要なことを考えた結果、日本一のブルワー(酒造家)の元で働けばいいじゃないかと。

その時、石井敏之さんの記事を見つけた。アメリカの有名なクラフトビールメーカーで醸造の経験を積み、帰国後は「ヤッホーブルーイング」で醸造責任者を務めた方。その後、グアムでブルワリーを立ち上げた、この方に弟子入りしよう!と、連絡したところ、丁重にお断りされた。というのも、グアムもコロナの影響を受け、自主廃業するつもりとのことだった。

ただ、いくつもアドバイスくださって。その中の「直接ブルワリーの門をたたけ」を、愚直に行うことにした。3週間かけて中四国の醸造所を、20か所ほどまわった。その中で、地域おこし協力隊の制度で、醸造所を立ち上げた話を聞いて、醸造所と共に、協力隊の募集も調べ始めた。

すると、日高村が!日高村の制度は自由度が高く、やりたいことができそうだなと。そして、日高村の近く、仁淀川町には、ロス出身のムカイさんが立ち上げた「BLUE BREW」の存在。日本は法律上、アルコール1%以上は免許が必要で、ホームブルーイング(自家醸造)が趣味になるアメリカとは違う。

ムカイさんは、アメリカで先生をやりながら、ホームブルーイングをしていた経験があり、日本の醸造家と比較して、経験値がまったく違う。それも「アメリカ人の醸造家を探せ」という石井さんのアドバイスに従って決めた。

20年12月に協力隊になったので、任期はあと2年。免許申請やタンク制作など、時間がかかるので、協力隊のスケジュールと調整しながら23年に醸造所の立ち上げを目指し、進めている。

髙羽さん流「まるごとつながる」

とりあえずやってみる。楽しいことやモチベーションは、何もせずに降ってくるものではない。やってみることで、発見があり、楽しくなる。やってみる前には、しっかり調べることも大切。

オムライス街道や、芋屋金次郎など、日高村を代表するCMも入り、まさにラジオ!な熱中塾。映像がなくても、言葉だけで鮮明に伝わってくる、井上先生ならではの授業に、熱中して聴きかじった90分でした!

この記事を書いた「こうち仁淀ブルー熱中塾」メンバー

佐久間すみこ
佐久間すみこ

三度の飯より猫とスイーツが好き!
東京の洋菓子メーカーに勤める高知在住のリモートワーカー
得意技はマーケティング

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