【仁淀ブルー熱中塾】第4期生のお申し込みはこちらから

ロマンチストな挑戦者「HONDAの遺伝子を作った男-藤澤武夫の原点」 

 元本田技研工業株式会社広報部CP室長
松澤正和

素直に講演の感想を表現するなら「きゅん❤︎です。」
(今、僕を知っている皆様の、さぁ~っと引いて行く音が聞こえたような気がする。笑)
講演の最後のほうでは、ぐっときて、ちょっと泣きそうになった。

私たちは素晴らしい音楽や美しい景色に出会ったとき、不意に涙を流しそうになるのだけれど、あれはなぜなんだろう?
僕は、人が神髄とか真理といった「本質」に触れる事が出来た時の感動なんだろうな~と思っている。

とても短く感じた2時間の講演では、戦後~高度経済成長期を必死に生きた二人の男の信頼関係や、「価値を提供する」と言う商売の本質がキラキラとちりばめられていた。

本田宗一郎の逸話は数多くあるけれど、そこに盟友であった藤澤武夫の話が加わって初めて、HONDA哲学の神髄が理解できる。HONDAの基本理念である「三つの喜び=買う喜び、売る喜び、創る喜び」は、本田宗一郎と藤澤武夫が二人で怒鳴りあったりしながら体現してきたとのことだ。
この二人は、とんでもなくロマンチストな挑戦者だったのだ。

松澤さんは、二輪のデザイナーとしてHONDAに入社。
広報部に異動後、みんながよく知っている1999年のコマーシャルコピー 「Do you have a HONDA?」を制作した。そのココロは「商品だけじゃない。スピリットだってホンダなんだ。前を向こう!!」というコンセプトだったと教えてくれた。


講演は記録映像を元に、HONDA哲学と企業成長のプロセスを紹介していくという進め方だった。
記録映像の編集は練りに練った素晴らしい構成だったし、時折べらんめぇ調の江戸弁が入る松澤さんの解説コメントはとても楽しく、分かり易い内容だった。

1949年、発明の天才本田宗一郎と経営管理に長けた藤澤武夫との出会い。
1954年の経営危機の際に、労働組合や銀行に対する藤澤の男気。マン島レース参戦の裏側にあった様々な意図。
1958年、大型バイクが君臨するアメリカにスーパーカブを売り込んでいった大冒険。
1961年の研究所の独立と経営役員の大部屋制への変更は、組織が陥りやすい「大企業病」への対策だ。
1973年のCVCCエンジン開発の話。当時は達成不可能とだと思われていた排ガス規制への挑戦。人の「信念」は、「使命感」と表裏一体なんだろう。
そして講演の締めくくりは、HONDA2輪のシンボルである「ウイングマーク」がビジネスジェット機という形で具現化された奇跡のような話。

あぁ、もうこれ以上、下手な説明をして講義の内容を汚すのはやめよう。
美しいモノ、正しいモノを本物だと感じることが出来る感性をお持ちの読者の皆様。
HONDA原点コミック」全6作を視聴されることをお勧めします。たぶん、ちょっと泣けるから。

HONDA原点コミックより引用

この記事を書いた「こうち仁淀ブルー熱中塾」メンバー

豊後 彰彦
豊後 彰彦

会議の設計施工管理屋を自称する高知県庁の土木技術者。マイボートで釣りをしながら、友だちといじりいじられる時間が至福です。

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URL Copied!
  • URL Copied!

コメント

コメントする

目次
閉じる